Mellowの自称・音楽活動日記

歌う楽しさを覚えたバンド活動未経験者が、大人になって音楽活動を始めました。活動報告と音楽レビューも。

音楽は芸術と同じく自由であり縛るものじゃない。ブログだって自由に書けば楽しい。

何だか体調不良が続いてブログを書くので精一杯になってしまい、申し訳ないです。



動画は構想は組んでるんですが、作業時間がちょっとかかるのもあり、長時間作業すると気持ち悪くなるっていう...




采配を自分でやる自由さ。



管理してくれる人が側にいないとだらけがちになってしまうので

自己管理力も身につけたい...




と、いうことで!



自由といえば、をテーマに音楽と絡めて書くと。




ぶっちゃけ、「こうでなければならない」とか「こういうものである」という考えの人がまだまだ多いんじゃないか?

...ってこと。




音楽なら、具体的にいうとこういう歌い方じゃないとダメとか、

Jポップ以外のジャンルは歌じゃないとか、(※あくまで極端な例です)




ちょっと待って。




オール裏声で歌ってる人とか実際にいるし、米津玄師なんてある曲に民謡を取り入れてみたとか言ってるよ?



ただでさえネタに困る世の中なのに、そういうものに縛り付けられたら、いいアイディアなんて思い浮かばない。




世間がそう言ってるからっていう常識感から生まれたものはたくさんあるけど、世間は世間と割り切る。



時には自分にとって窮屈に感じるなら、その常識感は自分にとっては「合わない」。



そんな時はストレスになるので手放す。




人は自分の経験を通して独自の物差しを作ってしまうけど



その物差しが偏ったものになってしまったら...?




増してやそれを他人に押し付けるのは、その人の視野を狭めることになる。





自由じゃないよ。



芸術全般に言えるけど、音楽は縛るもんじゃないと思うんですよ。




大阪万博太陽の塔で有名な岡本太郎さんは



芸術は爆発だ」って言ってたじゃん。




爆発っていうのは抽象的かもだけど、

この「爆発」っていう言葉は少なくとも「決められた色があって、形はこんな形で、線は細くて...」みたいに指示されてるものじゃないよね?




見たまま、感じたままで描くと思う。



太陽の色は赤だという人が多い。




でも絵の世界は自分の思い通りに色だって自由に変えられるでしょう?




白だったり、気分によっては緑だったり(笑)




私は団体行動が苦手で。




もちろん周りに馴染めるように努めているんだけど、

安定してきたあたりにある日ふと「私ってなんか浮いてる気がする」という孤独感が生まれるんです。



もしかしたら、縛られるのが苦手だからかもしれないと思ったこともある。



そして、もしかしてだけど、


私ってやっぱり変わってるんじゃないの〜って思うことがある。





小さい時に左利きでゴタゴタしたこともあったり、周りに馴染めなかった時期もあったりで尚更、

世間の常識感というものに合わせるというのにアレルギーを持ってしまったのかもしれない。



参考・私の旧ブログ

左利きの日(アメブロに飛びます)

https://ameblo.jp/mellow2018/entry-12397716960.html




大人になったら、学校という集団生活から開放されて自由になれると思っていた。




しかし今度は会社や世間というものに縛られるようになるとは...



音楽活動に限らず、普段生活してても感じるんです。



未だに浮世離れした感覚があって何となく孤独感を感じるのです。





あぁ、でも元々1人プレイは平気なのでそんな深刻なものでもないんだけど...


それがいつまで経っても抜け出せないでいる...。



受け身はダメだと積極的になってもう随分経つけど、



見つけられそうになった途端に、

目の前が遮断されて立ち止まってしまう感覚を何度も何度も経験しています。





だから、せめてこのブログだけは素の自分で行こうと思う。



ブログで自由に好きなこと書いて、自分らしさを表現できたらいいなと。



ブログを自由に書き過ぎて炎上になったりして...




なるべく言葉には気をつけてるんだけど、読み返して誤解を招きそうなのならその都度修正してて。





実はこの記事が一番修正→更新を繰り返してるっていう^_^;



このブログ書いてる時も内心ビクついてる...結局100パーセント自由な気持ちで書いてない私。




自由に好き勝手言って生きるって、やっぱり難しい。。